病んでる人

ほんと可哀想としか思えない。
いつまでたっても子供のままだから
些細なことですぐ熱くなってしまう。
ニュースでやってたデータによると
少年院の子供たちで検証を行った結果
喜怒哀楽の表情を間違ったように捉えてしまうことが
普通にあったらしい。
普通人間顔みりゃ怒ってるのか、悲しんでるのか
苦しいのか、楽しいのか分かるもんです。
が、悲しみの表情が怒りの表情に見えたりするらしい。
とにかく相手の行動、言動が
攻撃的(怒りの表情)に見えてしまうんだとか。
納得。
攻撃的に見えてしまう云々というのは
案外気の持ちよう、気性と性格が関係するのかも。
あながち外れていないと思う。
理由は簡単。
気性が穏やか、というのは
元からそうなのかもしれないけど
やはりある程度自分をセーブしていられるから。
セーブできない子供は直ぐに殴りあいの喧嘩に
発展するのがいい例だと思う。
っと、話がずれたが戻って。
こうした要因は親の教育が大きく影響されるらしい。
そりゃあ確かにそうだ。
単純な話親が間違ったことをおしえりゃ
間違いに気づかない限りそうだと信じてしまう。
教育ってそんくらい重要なんですね。
うちの家庭はここでは除外して
他人の、病んでる人の家庭を見てみると
なるほど確かに問題ありだった。
だから病んでる人は愚かに見えるけど
それは違うんです。
病んでる人は可哀想なんだ。
だから病んでる彼、どうか気づいておくれ。
何でもいいから気づくんだ。
哲学と一緒なんだ。
ソクラテスは気づけたんだよ。
自分が何も知らないことに。
ソクラテスは自分が何も知らないことを知っていた。
それが無知の知なんだよ!
気づくだけなんだよ。簡単だろう?
だからお願い、気づいて。
病んでるあの子。

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